ずっとずっとありがとう
高浜店の事務所のそばの休憩テーブルの上に、小さな小花がグラスに飾られています。
昨年12月31日に体調不良で1時間早退をし、リーダー小笠原さんが自宅へ車で送ったのち1月2日に、佐橋さんが旅立たれました。
佐橋さんは75歳で定年でしたが、ごはんどきが大好きで勤務がしたいとあり人事に相談の元、延長して勤務をして頂いていました。
いつも「働かせて頂いて嬉しい」と言っていて、私が巡回で高浜店へ行っても「いつもありがとうございます。風邪はひいていませんか?」と気を配ってくれます。そして「今、私がはまっているほうじ茶ラテが美味しいから」と出してくれます。
高浜店へ電話をしたときも、「いつもお世話になっています」「ありがとうございます」の言葉が返ってきます。
佐橋さんは、常に周りの方に気が付ける方で、私やESが勤務の際にも「遠くからありがとうございます」勤務が終わり忙しくてきちんと挨拶が出来ない時には、そっと携帯の下にメモがあり、感謝の気持ちを伝えてくれます。
75歳でも仕事をさせて頂いてという気持ちがあるからこそ仕事にも熱心で、新メニュー時には手帳に写し覚えています。営業中でもあっても、ご飯が!と思うと「もうすぐ炊き上がりますわ」とさりげなく、無くなりかけた食材等の補充や仕込みが出来ていました。
そんな佐橋さんが突然旅立たれ、今でも高浜店へ行くと佐橋さんがいる様です。
1月4日のお通夜に皆で参列させて頂きました。そんな時、親族の方から、生前スタッフ皆で写した写真があり、嬉しそうに話していたことがあり、その写真を棺の中に入れてあげたいと…。
心あたりのある物を見せたところ私が以前、佐橋さんの事をイズムの殿堂で書いたもので『誰にでも気遣いが出来るお姉さん』が殿堂入りした時の写真でした。その原稿が欲しいとあり、そのカラーの原稿を親族の方へ渡しました。イズムの殿堂入りをした事を、嬉しそうに親族に話をしていたそうです。それと一緒に、勝手な判断ですが、ごはんどきの制服を1着、一緒に棺の中に入れさせて頂きました。
きっと「まだ種元さん、向こうへ行っても私を働かせるの?」と好きなほうじ茶ラテを持ちながら、怒っているかも知れません。
佐橋さんが旅立たれた事は悲しいですが、いつも回りの人に感謝の気持ちを持ち、一生懸命、自分の出来る仕事を全うされ、本当に優しいお姉さんでした。そんな佐橋さんへずっと、ずっとありがとう、の感謝の言葉を贈りたい。私自身も、そんな佐橋さんを見習い感謝の気持ちを持ち、今後も行動して行けるようになりたいと思います。
投稿者種元 まゆさん